緊張感と弛緩、心配と安心の間で、日々気持ちが揺れ動く、途上国生活について。
警戒レベル5
2月に入り、コンゴでの生活も2か月を過ぎた。
最初に比べると「現地によく馴染んで来たな…」と言うのが、私の感想だ。
私にとって居心地の良い場所であり、自分を発揮できる場所。
魅了されながらも、同時に恐ろしく緊張もする、魅力的な国・DRC。
Gomaの町を散策したくて、色んな発見をしたくて、私は渡航直後から一人でよく街中を歩いていた。
けれども同時に、その好奇心と同じくらいの警戒心や緊張感を携えてもいた。
日中なら、大通りは歩いても特に問題ないと言われたものの、コンゴ人だらけのこの世界で、自分の立ち位置が全く分からなかった。
私の存在が目立つことは確かだけれど、遠慮のない凝視・好奇心に溢れた人々の視線を一手に引き受けているように感じられてしまい、まず、自意識過剰になる。
ヒーローかセレブ気分を味わえると割り切ってしまえれば良いものの、こう見えて、私の心臓はノミのそれと等しい。
歩いているだけで、いちいち「シノワ!(中国人)」とか、「ムズンゴ!(スワヒリ語で肌の白い人を指す)」と声を掛けられるのはあまりいい気分がしない。
「チンチャン!」だか「ヒンハン!」だか、およそ「你好」が彼らにそう聞こえて訛ったと思われるワードを通りすがりに投げかけられるのも苦手だった。
更に、現地の治安のいかに安全でないかについて、コンゴ人から熱く警告を受ける。
中でも驚いたのは歩道を歩いていた時のこと。
道路側のポケットにスマホを入れていると、道路とは反対側・子供と手をつないでいる方のポケットに入れ直すように言われた。
家政婦・NANAが外出時、ハンドバッグに現金を絶対に入れないことを不思議に思っていると、「バッグを持っていかれたらどうするの」との返答。
パートナーの友人は窓を全開にしてタクシーの車内で電話していると、走行中に外から手が伸びてきて、通話中だったスマホを持っていかれてしまったとか、日本ではちょっと考えられないような盗難被害例は枚挙にいとまがない。
砂糖や果物など、他愛もない買い物にしても、店主とやりとりを楽しみたいところなのに、ボラれないようにしないと…という緊張感が自然と前面に押し出される。
いつ何時も、痛い目に遭わないように、舐められないように、騙されないように…こんなに身構えた精神状態だったので、家の外に出るや、私のオーラは警戒心でメラメラしていたに違いない。
不意打ちの優しさ
ところが、警戒心・猜疑心でメラメラしている時に限って、この国は不意打ちのような優しさを度々私にかましてきた。
ある日、バイク便でとある目的地に着いた時のこと。
いざ、支払いをしようとすると、細かい紙幣の手持ちがない。近くの小さな商店で両替できるかと尋ねても、出来ないと断られる。
どうしたものか・・・また少し元の道を戻って、両替できる場所を探さなければならないのだろうか。
途方に暮れていると、その様子を見ていた道端の男性(データ通信会社の、10ギガ$10などのチャージを顧客から請け負うことで、僅かな取り分を得て生計を立てる人。パラソルが目印で、街中であれば、10メートルおき位の頻度で見かける。)が、「僕が立て替えてあげるよ」と言ってくれた。
見ず知らずの私に、自身の収入も不安定な状況で…。返ってくるかどうかも不確かなお金を差し出してくれた。
ただただ、困っている私を助けてくれようと声を掛けてくれたのだ。
翌日の朝、まだ朝早かったけれど、私がそこへ向かうと彼はすでにパラソルを広げていた。
お礼のビスケットと一緒に、昨日立て替えてもらったお金を差し出したとき、彼の足が不自由であることが分かった。
短い挨拶の後、私たちは固い握手をして別れた。
ひょんなことから芽生えた友情があって、それからというもの、私は自分の「持ちギガ」が足りなくなると、彼の元でチャージするようになった。
また別の日。
色々とトラブルがあって、期日までに必要な現金が用意できるかどうかの瀬戸際の朝。
開業15分前に銀行に着いたので、他の人に混じって店先の植え込みに腰掛けた。
大ピンチで迎えたその日、それはそれは、私の表情は強張っていたことだろう。
スマホを見ながらメモしたいことが出てきて、カバンからペンを取り出す。
紙は見つからなかったので、仕方なく手に書こうとする。
ところが、ハンドクリームを塗った手にインクが乗らない。
何度もペンでなぞり、何とかインクが出ないものかと難儀していると、どこからともなく紙切れが、サッと目の前に差し出された。
まさか!の出来事だった。
その紙はボロボロで、何やら黒ずんでいたけれど、緊張しきってすっかり血の巡りが悪くなった私の心に、どれほどの温かさを運んでくれたか・・・その時の有り難さと言ったらなかった。
大丈夫。そんなに身構えなくても、そんなに緊張しなくても、大丈夫だから。
世界はあなたが思っているよりも、本当はもっと優しくて、ずっと居心地の良い場所なのだから。
そんな風に、コンゴに、宇宙に、優しく教えてもらっているような心持ちだった。
安心して、気を付けていなさい
毎日毎日、子供の送り迎えで同じ道を通っていると、同じ時間に毎日そこに居る人、毎日すれ違う人というのが居る。
最初は私の緊張もあって挨拶をする余裕もなかったけれど、徐々に短い挨拶を交わすようになってきた。
その挨拶も、私を何とも良い気分にしてくれる。
通りがかり、今日はあのお店の人は外に出ているだろうか?いつも家の前で座っているあの人は居るだろうか?と思う。
そして、馴染みの人を見つけた時の、ちょっとした嬉しさ。互いに交わす笑顔とあいさつ。
今日も元気そうで、良かった。
そんな小さなことが、人との触れ合いが、私の気持ちをウキウキと上向きにさせてくれる。
100ドル紙幣のフランクリンの言葉「幸福は些細な便宜から生まれる」とは本当にこういうことなのではないだろうかと思う。
時たまおきる素晴らしい幸運よりも、いつでもあるような些細な出来事の方が幸せを感じるのだ。
コンゴという土地で日々出会う、日々重ねる、様々な形の「ご縁」が、自分を支えるものとなり、自分の心を開いてくれるものとなり、ますますこの国を好きになってしまう。
そんなこんな経験と、毎日の場数を重ねていくうち、新鮮だった何もかもはやがて日常となり、少しずつリラックスするようになってきた私。
今では「シノア!」「チンチャン!」等の、あまり良い気がしなかった呼びかけも気にならなくなった。実は悪気など全くなく、関西人のノリ「言いたいだけ」のようなところがあることも分かった。
あるいは時々、私を見たコンゴ人のリアクションが薄いことがある。ちょっとギョッとするかな…と期待しているのに、興味を示すことなく素通りされると、物足りなさを感じる余裕さえ出てきたこの頃。
人生において、私は未だ、一つ一つの身の回りの出来事を極端に怖がったり、心配したり、全く年相応の余裕と言うものが出ない。
通りがかりの人との気持ちの良い挨拶、見ず知らずの人から差し出されるメモ用紙、そんな些細な、でも心の通い合う他者との関係性の中で、本当は何もガチガチに緊張したり心配し過ぎたりすることなどなかったのだということを思いだす。
もちろん、ここは日本ではないので、最低限の用心を解くわけにはいかない。
でも、数々の体験が私に「安心して気を付けていなさい」と、教えてくれる。
そしてそれこそが、たくさんの疑いや恐怖心をインストールしてしまった私が、人生で学び直したかったことの一つなのだと思う。
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